僕たちは「お金の奴隷」だから怒るのか? -お金の奴隷解放宣言を受けて-
炎上王キングコング西野は伊達じゃないですね。
みんな既に知っている内容だとは思うが、キングコング西野が「えんとつ町のプペル」という絵本を無料公開した時に書いた言葉がコレだ。
お金の奴隷解放宣言です。
なかなか強烈なインパクトがあり、SNSを中心に絶賛とディスの嵐である。
何故この言葉がココまでSNSで拡散したのか考えていこうと思う。
自分がお金の奴隷だと再認識させられるから
今回の西野は無自覚に、というよりも善意で、躊躇いもなく人の弱みを突いてきた。
そして、人は弱みを突かれると強い不快感を示す。
それが自分のどうしようもない事実であればあるほど、自分を護るために怒りを露わにするのである。
昔、自虐的な彼女とのLINEで、こう返した事がある。
大学時代引きこもって、ずっとアニメみながらガンプラ作って、セフレとやってるだけだったのに?
我ながらこの一文だけを抜き取ると酷い人間のように感じるが、私にも事情がある。
それは毎日3ー4時間ほど、如何に自分の大学時代が無益だったか、ガンプラと夜のテクニックだけが磨かれた事や、今まで体の関係を持った男が全員浪人か留年をしている事などを切々と語られるのである。
こうしたなか、彼女は地元に帰り、銀行員としてキラキラと輝くと言っている事に対しての返事が上の太字だ。
自分のイメージだと、「いやいや、私生まれ変わるし」、「またまた〜」という毒にも薬にもならない会話をしたかったのだが……予想に反して、彼女は烈火の如く怒り出したのである。
もしかしたら、また良い関係を結べるかもという感触まで持っていた自分としてはあまりにもショックで、数日間寝込むぐらいに衝撃を受けていたのだが考えて見れば当たり前の事である。
彼女は信頼して、自分の弱点を晒け出したのである。
そして、弱みとは自分ではどうにも出来ない、心の底から納得いっていない事実なのである。
そう、お金の奴隷という言葉は多くの大人達のコンプレックスなのだ。
幼稚園の時の「しょうらいのゆめ」を思い出して欲しい。
君たちのクラスには、未来のアイドルも、野球選手も、ケーキ屋さんもも居たはずだ。
ところがだ、実際に蓋を開けてみると、未来のアイドルはお客様と風呂に入り、野球選手は深夜までプログラムを書かされ、残業代が出ないことをTwitterで愚痴り、ケーキ屋さんも実家のクリーニング屋でみんなのワイシャツを選択工場に発送している。
そう、暮らしていくために心が入らない仕事をせざるを得ない人も多い。
洋画でも、男たちは哀愁漂う台詞を口にする。
「あなたどうしてそんな仕事を続けているの?」
「住宅ローンを返すためだ」 と。
そう、思い思いの人生を歩めず、お金の奴隷になっている人達は多いのだ。
そこに対して、有吉に元気な大学生とニックネームをつけられたキングコングの西野がしゃしゃり出てきて、十分に稼ぎきった後に、人生はお金じゃないと思うと言ってお金の奴隷解放宣言をしてしまう。
そうすると、私たち庶民はお金の奴隷だった事が浮き彫りになってしまったのである。
そう、西野は上がりを決め込んだ後に、俺、徳高いでしょと満足げな顔をして、俺たちの弱みを鋭く、そして無自覚に刺してきたのである。
プライドを傷つけられた庶民たちが、SNSで罵声を浴びせるのも当然の事なのである。
「無料」が当たり前の時代に対して、抵抗勢力が多いから
私はゲームが大好きだ。
そして良いゲームのシリーズは発売日に予約し、6000円ほど払って、ネットを断ってプレイするのが最高に楽しい。
そもそもゲームとは、労働力を集約させたタイプの産業なので、無料で作れる訳がない。
これまではゲーム購入者で均等にゲーム開発者を支える、という構図があったのだ。
たとえば、スーパーファミコンの「クロノトリガー」。
定価11,400円とかなりお高い値段だが、それでも多くのファンが予約して買ったのだ。
貸し借りも多く発生していたが、みんなこのビジネスで満足していた。
ところが、2010年頃からか「グリー無料です」と宣伝がされるようになった。
これは無料プレイを餌にして、一部の廃人と言われるような人逹に何百万円、何千万円と払わせるビジネスモデルなのである。
「任天堂の倒し方を知っている」と豪語するに至る急成長を見せ、球団を持てる程の大企業に成長したのだ。
それぐらい、無料でプレイ出来るゲームは一般的なものになったのだ。
その結果出ているのが、ゲームに対してお金を払う事に対する違和感である。
マリオランが1,200円という事実に対して、「普通は無料だろ」、「詐欺みたいなもの」などと言われているのは任天堂ボーイとしてえはかなり悲しいものがある。
他にも、無料イラストを展開してるいらすとや(お世話になっています)やYoutubeなどのフリーなメディアに対する不平不満がここで爆発しているのである。
そろそろ映画監督などもHuluやNetflixに噛みつく頃だろう。
基本的に、無料で展開していたら当然の事ながらお金を稼ぐ事が出来るのは既に抜群の知名度があって無料公開しても広告費で稼げる「既に勝っている勝ち組」のみである。
こうした世間の流れに対して、異論を唱えたい人も多い。
そうした人達がtwitterなどでここぞとばかりに西野ではなく、世間に怒りをぶつけているのである。
jin115.com
クリエイターに対する敬意の低さ
今回の絵本公開では、クラウドファンディングで集めたお金を使って呼んだイラストレーターの方々の承認を取っていないと思えるようなツィートも多く流れている。
そしてネットで無料公開されているバージョンにはなんと、クレジットに西野の名前しか載っていない。
これをクリエイター軽視と言わずなんと言うのであろう。
また法律では、著作物に関して著作人格権というものがあり、クリエイターは自分の作品が使われる場合に自分の名前を載せることを主張する権利があるのだ。
よく見る©︎マークはな何もちゃん付けするために存在しているのではなく、明確な権利表記をするためのマークなのである。
西野サイドがイラストレーターとどのような契約書を結んだのかは分からないが、もし著作人格権を行使しない、の文章が入っていないのであれば、イラストレーター側から公開中止を求めることだって可能なハズだ。
西野の名誉欲に利用されたイラストレーターならば、声を上げるかもしれない。
どうこれからこの件がニュースで扱われるのか、非常に注目である。
お金の奴隷にならない為には……
好きなアニメがある。
スタードライバー -輝きのタクト- である。
銀河美少年がロボットにのって悪を討つというよく分からないあらすじのアニメではあるが、良い台詞がある。
やりたい事と、やるべき事が一致する時 世界の声が聞こえる
颯爽登場する男はすてきな事を言う。
誰かに評価されてお金を稼いでいる独立した大人は、お金の奴隷と言えるのだろうか?
1億冊売れる「ワンピース」を描いた尾田栄一郎も、彼をささえるジャンプの編集者もお金の奴隷だろうか?
電撃ホビーで連載を持つプロのプラモデラーさんはどうだろうか?
定年退職した後、趣味でバーをやっているマスターさんはどうだろうか?
ゲーム好きが高じて、ゲーム実況者として金を稼いでいるYoutuberもどうだろうか?
断じて違う。
彼らは人に使われて、死ぬという現代の宿命を乗り越えた者達である。
イケダハヤトみたいな、人の退職を促すような無責任な事は言わない。
だが、多くの人が、自分のやりたい事とやるべき事を一致させ、誰かの役に立つ事が出来れば、それはそれぞれのお金の奴隷解放宣言となり得るのではないだろうか。