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カキカエブログ

あなたも私も人生を明るくカキカエるブログ

この世界の片隅に 主人公すずさんに戦争責任はあるのか?

ういっす、加々美です。

日本人の価値観がカキカエられれた事を感じさせるツイートを見つけました。


相も変わらず戦争映画=被害映画、これはダメだと思った。庶民に戦争責任はないのか。

十文字映画祭 パンフレットより

これって映画を見た人からすると、もの凄く筋の通らないコメントですね。
主人公のすずさんに、いったい何の「戦争責任」があるというのでしょうか?

ないですね。(キッパリ)

しかし、深堀りをして調べていくと、荒井晴彦の世代が受けた、歪んだ教育が原因だと思います。
では、なぜこの監督は、こんなにも実体にそぐわない事を言うようになったのか、分析をさせて頂きます。

そもそも、この世界の片隅にとは?


舞台は太平洋戦争末期の広島県呉市

18歳で広島から嫁いだ鈴さんは、貧しいながらも慎ましく、幸せに暮らしています。
しかし、軍港である呉市にも戦火が届くようになり、やがて彼女たちが必死で護ってきた日常が少しづつ奪われていきます。

それでも家族で支え合って、決して絶望せず、まっすぐ生きていこうとする彼女たちを思わず応援したり、自分と重ねたりするようになる、暖かで生きる事に真摯な映画です。

www.youtube.com

分かりやすく言うと、戦争映画の市中のモブに生活までを事細かに知る事によってガチで感情移入する映画です。
もうあれですね、映画館でみんなで敗戦していましたね敗戦。

もしまだ見ていないなら、一度見られる事を強くオススメします。

主人公すずさんに戦争責任はあるのか?

いや、ないでしょ。(再び断言)
突如嫁ぐ事になり、新しい家族に馴染もうとお料理やお掃除に精を出す彼女のどこに責任はあるのか?

軍人でもなければ、政治家でも、ましてや資本家でもない。
彼女は、戦争責任を負う機会すら無いのである。

しかし、この監督の受けた間違った教育を考えれば、納得できる部分がある。

GHQのもたらした、原罪思想

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キリスト教には、全ての人は生まれながらにしてアダムとイブの罪を背負っているという考え方があります。

この思想を日本支配に落とし込んだのが、1948年頃からGHQが展開した「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム
日本人に戦争責任があるという思想です。

GHQはこの思想を日本中に広める事によって、日本という狂犬から牙を抜き、現代のように経済や軍事面での極東支配のパートナーにする事に成功している。

そして、荒井晴彦監督は1947年生まれです。
戦争を知らない割に、随分と戦争を語りたがる彼も、この「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム」の影響を受けた発言をしているように感じます。

また戦後も日本人制作という形をとった「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム」を体現する映画も多く出ているため、特に荒井監督にとっては戦争映画といえば、戦争責任を追求する映画という当時の発想が自分の基準として残っている可能性が高いです。

参考: ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム

こうした背景があるからこそ、荒井監督は自分の思想が世間の主流とも勘違いをし、「この世界の片隅に」に戦争責任が感じられないという、奇想天外なコメントを口にしたのでしょう。

原罪を感じない、新しい世代の出現

ところが、時代も変わればこの原罪思想も教育界からは抜けていきました。
特に90年代後半には、インターネットたるメディアが出現した事の影響が大きかったように感じます。

世界中から情報が手に入るようになり、バブル以降ダメ集団となっていた日本人という分母に対抗するように、徹底した「個人主義」を貫くものが多く現れるようになったのです。

こうした中で、「あなたたちには生まれながらに罪があります。世界に贖罪をしましょう」などと言われても、こうした考えしか持ちません。

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その結果、荒井監督は、戦後の日本人が受けた誤ったや私達に課せられていた呪縛を見せ、逆説的に戦時中の庶民の目線で戦争を描いた「この世界の片隅に」という作品の真摯さを浮かび上がらせているのです。

( ゚д゚)ハッ! まさかそれを狙って、わざと汚れ役を!?

そんなくだらない事を言うなら、真摯に映画に向き合って欲しい

もはや時代は変わり、自らの思想を広める事ではなく、没入できるエンターテイメントを作る事だけが日本の実写映画には求められているのではないのでしょうか。

二次元ライトノベル原作アニメの多くは、美少女動物園と揶揄されるほど欲望に忠実であるが、実写邦画もイケメンお遊戯界と言えるような低次元なものになっていないだろうか?

若い人たちは、戦後の原罪思想を間違っているとカキカエました。
また半沢直樹も、日本ドラマ・ヒットの法則を丸ごと全部無視して、新たな勝ち筋を自ら勝ち取りました。

ヒットの法則も、思想もいつの時代も不変とは限らないのです。
もうそろそろ、邦画も一つ新たな境地を切り開いて見ては如何でしょう?

スクリーンで見るイケメンにも美女にも興味がない自分としては、1800円払って見終わった直後でも、また一度見たくなるような、そんな素晴らしい邦画がアニメ以外で作られる事を切に期待しています。

ではでは♪
加々美でした。

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