カキカエブログ

最近は高森藍子とアマゾンが好き。

元超ホワイトな老舗メーカーが、ブラック企業に墜ちるまで -もしかして、あなたの会社もヤバいかも?-

私が自分の運命を変える前の、前職について記載したいと思う。

一つの会社の歴史であるのと同時に、どこの企業にも当てはまるような普遍的な内容もあると思うので
「みんな良い会社って言うけど……もしかして、私の会社ヤバいかも?」って思っている人は
是非呼んで自分の会社と比べて欲しい。

私の前職は塗料メーカー、色とりどりかと期待したら純粋にブラックだったのである。

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さて、塗料ビジネスってお金稼げるの? という疑問を持った読者の方は正解だ。

正直あんまり稼げない。

だが塗料ビジネスも広く、建築現場や工場など、物づくりの現場には必ず塗料がある。
ホームセンターで売っている小さな缶だけが塗料ではない。

ソニーフェンダーのように、普通に生活していて目立つようなブランドではないが
しっかりと人々の生活を支えて収益を上げている誇り高い企業である。
そう説明を受けて入社した。

元々何か面白い物を作りたい、というふわっとした目標で就活をしていた私は、悪くない選択だと思っていた。

そして入社時に聞いていた会社の実態は実体は下記の通りであった。
・残業は少なく、人事の自分個人の経験としては19:00までしか働いた事がない。
・広告は打たないが抜群の知名度があり、その分研究費や福利厚生に力を入れている。
・モデル年収もメーカーにしてはかなり高く、30代前半で600万が可能。

まさに良いことづくめである。しかもこの情報、嘘じゃなかった。
嘘じゃなかったが、一つ大きな問題があった……

それは人事が20年以上前の経験で話していたという事である
よっぱり嘘じゃなか!

だが、確かに嘘も付きたくなるような辛い現実がそこにあった。
これから如何に、私のいた塗料メーカーが疲弊し黒く染まっていったのかを順々に書いていきたいと思う。

子供達のホビーと共に -戦前から高度成長までの大躍進-

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日本中が貧しかった敗戦後から高度成長期を迎えるにつれて、兵役もなく、そして物こそ多くなかったが時間だけは膨大に持っていた当時の子供達はそのありあまるエネルギーをある物にぶつけるようになった。

それは、プラモデルだ。
そしてプラモデルに塗料が必須であった。

今のアンダー35の世代には全くピンとこないと思うが、少年達は誰もかれもプラモデルを作ることに命を懸けていた。
現代では技術も発展して、パーツを切ってはめ込むだけでガンプラは完成するが、当時の技術では塗料が無ければ十分なプラモデルは作れなかった。
だからこそ、みんながみんなプラモデルの技術を競い合うために塗料も飛ぶように売れた。

今の時代で例えると、ソーシャルゲームやテレビゲーム、ネットサーフィングをやっている人たちが全員プラモデルを作っているような密度である。

そして、プラモデルで育った少年達はやがて日本の高度成長を支えた「メイド・イン・ジャパン」製品の開発者となり、その塗料を電化製品や、自動車、建築部材の開発や生産に使用するようになった。

まさに日本が成長すれば、元・我が社も一緒に成長し、そして大きくなるような倍々ゲームが長年続いていた。
こうした時代背景を受け、労働運動も大きく盛り上がり、労働時間あたりの社員の給料が日本一だった時期もあるらしい。
(大先輩に聞いた事がある)

まさに覇権を取っていたといっても過言じゃない元・我が社……だが驕れる者に悪魔が這い寄ってきた。

メディアと便利な競合 -80-90年代のブランド失墜-

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塗料と言えば我が社、だったのはもう遠い過去の事。
かくいう私も、入社まではそのブランドの製品しか知らなかったのである。

ブランドのランキングをひっくり返したのは、競合の大々的な広告戦略である。
その製品は1980年-95年ぐらいまでCMを放映し続け、お茶の間に大きな衝撃を与え続けていた。

この時の経営陣は自社は培ったブランド力や、製品力、そして技術力で勝負すると、考えた。
今だから言えるが、その思想は完全に裏目に出てしまった。

結果、一般市場の覇権を失い、そしてプロ用の製品もまず最初にテストする塗料は、競合に取られたのである。

こうしてブランドは失墜した。

カイゼンという名の重力 -90年代から2000年代の不況に猛威を振るうダウンフォース-

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こうして、一般市場を明け渡してしまった我が社は、高価で販売出来る工業用の製品や、先駆者利益で広がっていた建築市場で収益を上げようと研究費の投入で高利益製品の販売に力を入れていった。

ところが、ここで問題となるのはどこにでもある、普遍的な"重力"である。

トヨタが強い理由に、常にカイゼンを求める姿勢がある。
組立ラインの作業を簡単にして生産性をアップさせるのもカイゼン、会議がスムーズに進むように書式を変更するのもカイゼン、そして仕入れている部材を値下げさせるのもカイゼンである。

これは塗料に限った話ではなく、バブル後の大手メーカーならどこでもやっていた事であり特段批判するつもりもない。
大口の取引先であればあるほど、常にカイゼンを求めてくる。
会うと値下げを要求されるので、商談に行かないという営業方法も時々聞いたものだ。

こうして初めは高い収益率を誇っていた事業も、少しづつ、少しづつカイゼンを求められ、最終的には収益が出てればまだマシという域までカイゼンは求められる。

更に業界全体でも価格の引っ張り合いは止まらない。
100の価格で売れていた製品は、ライバル社によって95の価格で持ち込まれ、90にして防衛をする。
こんな事をしているうちに、100の価格で売れていた製品はどんどん値段が落ち、そして原料価格の上昇とともに利益は薄くなる一方であった。

メーカー同士で価格を調整すればこんな事は起きずに済むが、それは法律違反になる。
結果、終わらぬチキンレースを強いられ、製品の販売価格はボロボロと崩れ落ちていった

更に工場の自動化が進み、機械塗布が主流となってからは必要とされる塗料の量も大きく減り、嘘みたいな高収益は本当に嘘になってしまった。

経営者が強い暗黒時代 -2000年代の"賢い"経営術-

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大口化学メーカーが仕入先の場合、カイゼンを求めるのは難しい。
プレッシャーをかけた所で、代わりに競合に売られてしまうだけである。

だがブランド力、単価、量 どれも縮小が止まらず会社の継続は年々厳しくなっていた。
そこで経営者は自然と業務の効率化という内部のカイゼンに着手する事になる。
社員も抜けても同数は補充をせず全体の人数を調整し、また2001年から小泉改革が進むと非正規職員の雇用も増やし、徹底した人件費のカットを行った。

具体的な数字を上げるのは問題になりそうだが、全盛期に比べ正社員の数は7割程カットされている。

さらに、00年代の後半には年功序列の給料にも見直しが入り、成果を上げ出世した物を評価する、より「実力主義」の会社になる事となった。

ところが、ここで一つの問題が発生する。
金のない会社と、給料を減らされたくない労働組合との衝突だ。

協議の結果、今の個人個人の給料は下げないが職級制をより明確にして、ランクが上がらない限り自動昇進は小さくなるというものであった。

その結果、若手の昇進は大体年間約1万円から約5000円に抑えられ、そして会社が傾いた責任をとるべき責任者は「出世している=実力がある」という認識のもと、責任をとるどころか給料が上がった始末である。

高利益を上げても社員は貧乏 -黒く染まる2010年代-

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会社にはルールがある。
それは明文化されたものもあれば、風習として残っているものもある。
良ければそれは伝統であり、そして悪ければ悪習と呼ばれるようになる。

昔は人が多く、個人個人も金銭的にも時間にも余裕があった時には「多少労働時間が超過しても細かい申請等は行わない」という美しい伝統は、やがて7割の人をカットするうちに「残業代は払わない」という最悪の悪習となって残ってしまった。

私の入社当時は会社にタイムカードはなく、手書きでの記載であった。
そして終了時間が何時になっても、超過労働の時間は「自己啓発の為」と書くよう指導を受けていた。
個人で勝手に残っているという形にしろという指導だ。

困った事に、周りの先輩社員もみんなで書いているので、立場の弱い若手社員ではここに反論が出来ない。
2年目で上司が替わったときは、残業付けても良いと言われたので毎日ちゃんと付けていたら教育係の先輩に長々と叱られたのは良く覚えている。

辞める時に上司にこの時の話を聞いたら、特に上司の指示でもなく、本人の考えで行った指導だったと聞いてその奴隷根性を哀れんだものだ。

その結果、新卒の給料に月5000円程の毛が生えたような給料で一番面倒な仕事を任され、
朝の8時に会社をあけて、そして夜の23:30に会社を閉めるという生活をせざるを得なくなった。
その代わり、土曜日曜は死んだように寝ていた記憶しかない。
しかも殆どが会社側の言い訳を作る為の書類作成で、物作りの現場からはドンドン遠ざかっていった。

また一時期、上司が替わったタイミングで「自己啓発の為」と書類を書かずに提出するようになったら
役員に「これだと残業未払いになってしまう、社長を逮捕させるつもりか!?」とドヤされた事があった。
今だから正直に言うが、どう社長を逮捕して貰うか、何通りかシミュレーションしていた。

こうした仕事の仕方の結果、新しいものを作るというフレッシュな使命感は枯れていき、
私は仕事終わった後にみるアニメ「ひだまりスケッチ」を鎮痛剤と呼ぶようになり、
家に帰れば、そこはひだまり荘という妄想で命を繋ぐようになった。

その結果見る見る病んでいき、ドヤしてきた役員もわざわざ私が話しやすいであろう同じ大学の先輩を通じて
私が大丈夫か本気で心配するようになった。

そして、この仕事を2年程行い、落伍者として未来のない部署に移動させられた。
更にやる気がなくなり、転職活動に邁進。

結果として元々やりたかったエンタメ寄りの仕事に転職できた。

最後に改めて黒くカキカエられた労働条件をチェックしよう

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入社までに聞いていた会社のイメージとのギャップを改めて記した。
・残業は少なく、自分個人の経験としては19:00までしか働いた事がない。
  →今でも繁忙期以外の間接部門はこの形
・広告はうたないが抜群の知名度があり、その分研究費や福利厚生に力を入れている。
  →もう老人しか知らない、また良い製品も全てパクられている
・モデル年収もメーカーにしてはかなり高く、30代で600万とかいけるような額であった。
  →年功序列のまま、成果主義に移行したため、ありもしない例を見せられた。

改めて書き出してみると、酷い有様の場所で働いていた事がよく分かる。
そして今の職場は本当に幸せだと胸を張って言える。

だからこのブログでは、こうした劣悪な環境にいる人、を一人でも救いだしたいという思いで書きたいと考えている。
そして若手に負担を押し付けることでのうのうと生き延びている企業も、その考えを改めるか、
もしくは市場から退散(=廃業)して欲しいと願っている。

その為の武器を配るブログでありたい。
転職の手法について、これから書いていきたいと思う。

なにはともあれ、転職の第一歩は転職エージェントへの登録から

お金も掛からないし、まずは転職エージェントに登録してプロの助言を貰う事をオススメします。

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ちなみに、転職でやることはこんな内容です。
kakikae.hatenablog.com

レッツ、大脱走!

ではでは♪
加々美でした。